![]() |
|||
|
|||
| 印度日記 2006その7-2 | |||
出発出発の朝は夜明け前には起きようと思ったのだが、少々寝坊して、7時起床。観光シーズンは、夜は遅く朝もゆっくりだったHAMPIの人々の生活も、旅行者が少なくなったからか、それとも暑くなったせいだろうか、いつからか夜は早々と寝静まり、朝は夜明けのずいぶん前から掃除や水汲みをするようになっていた。そんな物音や話し声を聞きながらまどろんでいた。前の日はパンプの若者たちが最後だから一緒に登りに行こうと…泣かせるね、めいっぱい登り、夕飯も一緒に食べ、少し遅くまでそのうちの一人、長谷川と、分けてもらったキングフィッシャービールを一緒に飲んでしばらく話し込んでいたからな。 |
|||
|
|
|||
11時には出発したいので、あまりゆっくりしている時間はない。なにしろここでは、気が付くとすぐに時間が経ってしまう。NETRAでいつものようにチャイを飲んで目を覚ます。子供たちは学校なので早めに会っておかなくては。まずはケシャワとさようならをする。次はマヌーのところに顔を出し、チャイをもらって子供たちともしばらく話をし、さようならを言って出ようとすると、「今朝飯を買いに行かせているから、食っていけ」と言われご馳走になる。名前は忘れたけど、野菜の天ぷらみたいな物で、スパイシーなココナッツソースをつけて食べる。これがなかなかうまかった。ラウールとトゥループティを学校に送り出し、バイバイをしたら。すっかりチェックアウトの時間を過ぎてしまった。ムンタパは別にかまわないと言ってくれたが、新しいお客さんが来てしまったので、慌てて荷物を詰める。ムンタパの一家、ゲストハウスの周りの人々、そしてNETRAのヒロらと別れを惜しむ。やっぱりすぐに時間は過ぎてしまった。最後にパンケーキ売りのおっちゃんが部屋まで売りに来てくれたので、昼飯用にバナナパンケーキを仕入れる。 |
|||
|
|
|||
![]() さあ、出発だ。ゲートまでムンタパとヒロが送りに来てくれた。 本当に今回もみんなに良くしてもらい、楽しく過ごすことができた。ここでの時間はもはや僕にとっては日常の一つなのかもしれない。日本に帰ってきてしばらくは、ぽっかりと心に穴が開いたようになってしまった。それは時間の経過とともに小さくなるかもしれないが、無くなることはない。きっとHAMPIに帰ってくるまで埋まらないんだと思う。 ムンタパにも、ヒロにも、マヌーにも、シャクーにも、ケシャワにも次はいつ来るのか聞かれた。ここには、クライミングはもちろん、それだけではない人々の魅力がある。宿題ものこしてしまったし、もちろんまた帰ってくるつもりだ。次は1年後か2年後か。いつまでも変わらないHAMPIであって欲しい。 ![]() いままで、色んなところを旅してきた。初めて見るもの、経験することのオンパレードで、とにかく楽しかった。初めて自分とも向き合った。弱いところもとことん見た。それが今回の旅では少し違っていた。HAMPIが2回目だからということもある。2週間という短いものだからかもしれない。でも、きっと今までの旅を通して、少しずつ変わってきたんだと思う。きっとそれはこれからも変わっていくのだろう。僕の旅はまだまだ続く。 |
|||
|
|
|||
| 追記 僕にとってのHAMPIはすばらしいところだけど、それは万人がそう思うとは限らない。この日記にはいいことしか書いてないけど、そうじゃない経験もいっぱいしている。腹を壊さなかったのも運がいいだけ。インド人が生理的に合わない人もいっぱいいるはずだ。HAMPIは平和と書いたけど、それももしかしたら正しくないかもしれない。3年前には殺人者が岩山に潜んでいて、ツーリストが襲われた事件もあったみたいだし、今は欧米人を中心に薬が出回っているみたいだ。だから、もしかしてこれを読んで行ってみよう思った人、やっぱりそこは日本ではなくてインドだということを忘れないで欲しい。 |
|||
|
|||