JWAFクライミングコンペ(2001/10/14)

ストーン・マジック初となった今回のクライミングコンペでしたが、その運営メンバーはそうそうたる顔ぶれとなりました。
今や夢物語となってしまった大倉カップの立役者、橋本覚と堀地清次、そしてジャパンツアーの審判も勤め、ICC国際競技クライミングの競技規則に最も精通していると言われるMr.jジャッジこと山本和幸氏(JFA日本フリークライミング協会副理事)。ルートセッターは、テクニカルなルート作りに定評のあるお馴染みストマジスタッフ。
開店前から早くも列をなす参加者の皆さん。 受付後は即アップ。
気合が窺えます。
フラッシング方式の予選ルートを全員でオブザベ(オブザベーション=観察)中。
完登者続出の予選ルート。 結局一般部門の予選1本目は全員完登!素晴らしい! エキスパートの予選2本目。
1本目は全員完登です。
流石にこちらは、全員通過とはいきません。 この日最も歓声の大きかった新田君の一般決勝での活躍。 今回最年少出場者の新田君、9歳。
でも、一番身のこなし方がしなやかで、軽やかでした。
参加者の汗が染み込むホールドを、途中お掃除に入る店長。 エキスパート決勝に望む十代の二人。絶対優勝してやると息巻く古川君の結果は? 今年3月のJFAユース選手権キッズ部門で優勝した坂田君。カモシカの様な四肢と美人のお母さんが印象的。中一とは思えない落ち着きと、意志の強い登りは大人を圧倒していました。
<後記>

予想以上にレベルの高い戦いとなった一般部門。コンペだからなのか、それとも、クライミングの性質からなのか、皆さん、実力を出し切って競技の方を終了できたのではないでしょうか?いや、実力以上を発揮できた方もかなり多かったとお見受けしました。おかげで、決勝ルートは急遽作り直し。グレードにして3つぐらいアップしなければなりませんでした。これで皆さん、更なる自信につながり、そして新たな目標を見つけられたのではないでしょうか。今度はストマジ主催のパーティーコンペを企画していますから、是非、また参加してください。ストーン・マジックも今回のコンペで自信を付け、今度は更にバージョンアップしたものをご用意致しますから、期待してください。(因みにコンペの結果はパーク内に掲示しております。またコンペルートは、『1ヶ月間限定』で残してありますので、是非チャレンジしてください!!これで次回パーティーコンペの対策も万全ですね。)
そこで、コンペ参加の際の注意点をちょっと。エントリーするクラスは慎重に。賞品狙いとか、恥をかきたくないといった理由で、下のクラスにエントリーするのは禁物です。なぜなら私は思うのです。エキスパートレベルの人が、自分にとって簡単なルートを完登し、一般部門で上位入賞を果たしても、大きな喜びは生まれない筈だと。やはり、下手な牽制をするよりは、当たって砕けろぐらいの意気込みで挑戦者になることの方が、手応えが大きく、だからこそ達成感も一入です。もちろん、コンペに申し込んだ後、急成長した結果なら、両手を揚げて万歳です。


<おまけ>

人工壁を使用しての大会の歴史はわずか十数年。
現在のように、クライミング用に作られた人工壁を使用する本格的な国内コンペは、1989年に昭和記念公園で開催された第一回大倉カップが初めてです。1987年、イタリアのアルコで開催されたロックマスターにアジア代表として招待された橋本覚は、今までの自然の岩場で行うコンペスタイルから、人工壁を使用したものが主流になるであろうことを予感。帰国後、橋本は、当時日本のトップレベルにいた学生クライマー堀地清次とともに、日本の競技クライミングに新たな息吹を吹き込みました。それが、JFA(日本フリークライミング協会)であり、大倉カップなのです。
堀地が人工壁のデザイン・設計から製造、施工まで全てを一手に引き受けると共に、橋本が運営を取り仕切った大倉カップは、バブル崩壊までの間に、開催回数6回を数え、高額スポンサーがつく国内最大のクライミングイベントとなりました(今では夢のまた夢)。
その後橋本は、日本のみならず、世界にも先駆けたインドアクライミング施設「ドラゴンウォール」を経営。
クライミングの本場フランスや日本では、多くのクライマーが「ドラゴンウォール」に感化され、クライミングビジネスを手掛けるようになります。そして、メジャーなクライミングジムの施工のほとんどを堀地が請け負っていくことになったのです。1990年代は、まさにインドアクライミングの創生期です。
因みに、未だに進化し続けるドラゴンは、世界を狙う選ばれしクライマーだけが入門を許されるクライマーの聖地として名高く、今ではすっかりストマジ住人と化した平山氏のプライベートウォールとしての役割も果たしています。その文化的価値&歴史的価値は、一説には数億円とも言われています。
そして、今年、この二人が起こしたのが株式会社ダイナウォール&ストーン・マジック。日本の人工壁クライミングの歴史とエッセンスが凝縮したダイナウォールには、確かな技術とノウハウ、そして未来があります。肉体と精神の限界を極めるハードなクライミングから、就学前の幼児でも楽しめるエンターテインメント性の高いレクリエーションとしてのクライミングへの転換期の今。クライミング施設という箱ものと、その施設に息吹を吹き込む運用ソフトの両方を総合的見地から提供できる企業がダイナウォールなのです。過去の枠組みにとらわれない斬新なクライミング施設の設計・提案から、クライミングウォールの安全管理、スクールやイベントを含めた運営のアドバイスまでのトータルサポートが可能なダイナウォールの心臓部が、次第に明らかになってきましたね。